スピッツ『五千光年の夢』歌詞解釈──五千光年は妄想の距離

はじめに:初期スピッツの夢

スピッツ「五千光年の夢」は、1991年3月25日発売の1stアルバム『スピッツ』に収録された曲です。

草野マサムネさんは、ラジオ「ロック大陸漫遊記」で、谷川俊太郎さん「二十億光年の孤独」の影響について語っていたそうです。

「二十億光年の孤独」
「五千光年の夢」

どちらも「光年」という単位を使っています。オマージュとはいえ、数字が小さくなっているのは谷川俊太郎さんへの遠慮かもしれませんが、なんでだろうとは気になります。

二十億光年は谷川俊太郎さんが詩を書いた当時、「宇宙の直径」と考えられていた数字のようですので、5千光年は、宇宙の果てまでいかないくらいの距離感の表現かもしれません。

谷川俊太郎の詩では、宇宙的原理の中で、人は引き合います。タイトルにある「孤独」は、孤独であるがゆえに、逆に引き合う力を強めているように描かれている。

「五千光年の夢」は、その谷川俊太郎的な宇宙に触れながら、少し外側か斜めにずれています。孤独の中で宇宙を夢見るだけではなく、宇宙を夢見ている自分を眺めてもいる視点がある。


1 ひずんだ宇宙と、ゆがんだ天国

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

谷川俊太郎 『二十億光年の孤独』より

谷川俊太郎さんの「二十億光年の孤独」では、宇宙のひずみが、孤独と求め合いを生んでいるように描かれます。

宇宙がひずんでいる。
だから、まっすぐ離れたままではいられない。
孤独なもの同士が、互いに引き寄せられる。

孤独と求め合いが、同じ宇宙の構造の中にあります。

スピッツ「五千光年の夢」では、それが「ゆがんだ天国」という言葉に変換されているように見えます。

ゆがんだ天国の外にいて

谷川俊太郎さんでは、“ひずんでいる”のは宇宙。
草野マサムネさんでは、“ゆがんでいる”のは天国。

宇宙的な孤独が、夢の世界、死後の世界のような場所へ移されている感じがあります。

谷川俊太郎さんの詩では、語り手は宇宙の孤独を内側から受けています。宇宙がひずんでいる。そのひずみの中に自分もいる。

一方、「五千光年の夢」の中の語り手は、「ゆがんだ天国」の外にいます。

もとめ合う世界の中に入れていない。天国の内側に入れず、外から眺めている。
谷川俊太郎的な宇宙の孤独に影響を受けながら、その中へまっすぐ入らない。
少し斜めの場所へ移動して、自分の孤独を眺める位置に立っているように見えます。


2 頭ガイコツの裂け目から、現実を離れる

頭ガイコツの裂け目から 飛び出してみよう

この言葉は、現実世界からの脱出口に見えます。

頭は、意識の場所。
ガイコツは、死を連想させます。裂け目は、きれいな入口ではなく、割れ目や亀裂です。恐らく、ほんの小さな隙間でしょう。

現実の身体の殻が割れ、そこから意識が抜け出していく。
夢でもあり、幽体離脱のようでもあります。繰り返されるスピッツの幽体離脱のイメージ。

頭ガイコツの死のイメージは、ここでは現実から離脱するトリガーになっています。死そのものへ向かうというより、現実の自分から抜け出すための裂け目のように。


3 五千光年は、妄想の飛距離

五千光年の夢が見たいな

五千光年という距離は、身体で移動する距離ではありません。

部屋に一人でいる。現実にはどこにも行っていない。
けれど意識だけは、頭ガイコツの裂け目から抜け出して、宇宙まで飛んでいる。

五千光年は、妄想の飛距離です

この曲の宇宙は、遥か遠いのにどこか密室的です。
宇宙規模の距離を歌いながら、感触としては一人の部屋に近い。

「見たいな」で終わっているので、あくまで願望に過ぎないのです。

外の宇宙へ飛んでいるけれど、現実の身体は置いたまま。

この曲では、語り手の意識が二つに分かれているように見えます。

夢にふけっている自分。
その自分を眺めている自分。

頭ガイコツの裂け目から意識を飛ばし、五千光年先まで妄想している自分がいる。
同時に、その自分を冷静に見下ろしている意識もある。

この二重の構図が、「五千光年の夢」の特徴です。

夢を見たい。
でも、夢を見たがっている自分も見えている。
見えているのに、夢を止めない。

そこに、次の言葉がつながります。


4 ずるい気持ち

ずるい気持ちが残っているから

「ずるい気持ち」は、夢にふけっている自分を、眺めている側の意識が判定している言葉に見えます。

孤独に一人、幽体離脱して妄想にふける。
引き合う世界の中には入らない。
ゆがんだ天国の外側にいる。
それでも、夢の中では距離を越えていこうとする。

その自分に、ずるさを感じている。

現実の関係に入っていくのではなく、夢の中でだけ距離を越えようとする。
誰かと本当に求め合う場所へ行くのではなく、外側に立ったまま、夢だけを見ようとする。


5 くしゃみから、ずるさの自覚へ

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

谷川俊太郎 『二十億光年の孤独』より

谷川俊太郎さんの「二十億光年の孤独」では、宇宙的なスケールの話が、最後には一つの身体の反応へ戻っていきます。宇宙いっぱいに広がる話から一変して、小さな現実に引き戻す。

「五千光年の夢」では、その身体反応が、「ずるい」という自己観察に置き換わっているように見える。

ゆがんだ天国の、外側にいる自分。
そして、その身の処し方を「ずるい」と感じている。


まとめ:ゆがんだ天国の外で、自分の夢を見ている

「五千光年の夢」は、谷川俊太郎さんの「二十億光年の孤独」のオマージュでありながら、そこから少し外側へずれた歌に見えます。

谷川俊太郎さんでは、語り手は宇宙的孤独の内側にいます。
草野マサムネさんでは、語り手は「ゆがんだ天国の外」にいます。

その外側で、頭ガイコツの裂け目から意識を飛ばす。
死の世界を潜り抜け、五千光年先まで夢を見る。
でも、その夢を見ている自分を、もう一人の自分が眺めている。

孤独に一人、幽体離脱して妄想にふける。
「五千光年の夢」は、現実から離れたい願望と、その願望を見ている自己観察が重なったような歌と言えます。

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