1 水の夢、身体の記憶、9.11後の喪失感
スピッツの「水色の街」は、2002年8月7日に27枚目のシングルとして発売された曲です。同じ日に、26枚目のシングル「ハネモノ」も発売されています。「水色の街」はのちに、2002年9月11日発売のアルバム『三日月ロック』にも収録されました。
この日付の並びは、どうしても2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを連想させます。アルバム『三日月ロック』については、同時多発テロの影響を受けた作品として紹介されることもあり、とくに「ハネモノ」については、人々の不安を和らげるような曲を作る意志があったと説明されています。
その流れの中で「水色の街」を読むと、この曲は単なる個人的な恋愛や回想の歌にとどまりません。水の夢、死者との再会、喪失したものへの祈りが、個人の記憶から時代全体の痛みへと静かに広がっていく曲に見えてきます。
2 水の夢としての「水色の街」
川を渡る 君が住む街へ
曲の始まりから、不思議と水の中のような気配があります。
「水色の街」というタイトルそのものが、水に浸された街、空の色を映した街、あるいは夢の中にしか存在しない街を思わせます。そこへ向かうために、語り手は川を渡ります。
川は、こちら側と向こう側を分ける境界です。日常と非日常。意識と無意識。生者の世界と、死者の世界。「三途の川」も重なります。
語り手は、君のいる場所へ向かうために、何かの境界を越えようとしています。
それは夢の中でしか渡れない川のように見えます。
3 明晰夢のように動き続ける心
会いたくて 今すぐ 跳びはねる心で
この曲の中心にある感情は、シンプルではあります。
会いたい。
しかも、いつか会いたいのではありません。今すぐ会いたいのです。
けれど「跳びはねる心」が付いてくることで、どことなく浮遊感を感じます。心だけが先に動いているような。
その浮遊感が、水の世界をどことなく夢の世界のように感じさせます。夢の中にいるのに、自分がどこへ行きたいのかを知っている。何をしたいのかを知っている。これは明晰夢のような雰囲気を帯びている。
曲の中で、この言葉は繰り返されます。淡い夢のような空気の中に、切実な意志を感じさせます。
4 頸の匂いという身体の記憶
頸の匂い 明るい瞳
この曲の中で、急に生々しく立ち上がるのが「頸の匂い」です。
川、水色の街、浮遊感のある足取り。そうした淡いイメージの中に、突然、身体の記憶が差し込まれます。しかも視覚ではなく、匂いです。
匂いは、記憶の奥深くに残る感覚です。誰かの声や顔よりも、ふとした匂いのほうが強く過去を呼び戻すことがあります。頸の匂いとは、かなり近しい距離でなければ記憶されないもの。
ここで「君」は、抽象的な存在ではなくなります。
本当に近くにいる人。身体の距離を知っている人。
この一節によって、「水色の街」の夢は急に現実の手触りを持ちます。
「頸の匂い」に続く「明るい瞳」も、君の存在感を強めています。
夢に出てくる人は、ときに現実よりも生き生きとしていることがあります。もう会えない人であっても、夢の中では普通に笑っている。こちらを見ている。こちらの記憶の中で、失われた人がもう一度生きている。
「水色の街」の君も、そうした存在かもしれない。
歌の中で、会えない人に会いに行くような気配があります。川を渡ること。夢の街へ向かうこと。頸の匂いと明るい瞳だけが鮮明に残っていること。
それらが重なると、この曲は、喪失した誰かとの再会を願う歌として浮かび上がります。
5 循環する夢としての歌詞
会いたくて 今すぐ 間違えたステップで
この曲は、前へ進んでいるようで、どこか同じ場所を回っているようにも感じます。
川を渡り、君のいる街へ向かう。今すぐ会いたいと願う。夢の中で身体の記憶に触れる。そしてまた、川を渡るイメージへ戻っていく。
これは、願いが叶って終わる物語ではありません。
会えたのか、会えなかったのか。君は本当にそこにいたのか。夢は覚めたのか。そうした結論は、はっきり示されません。永遠に循環するような構造を持っている。
ただ、「会いたい」という感情だけが繰り返している。
この未完の感じが、夢に近いのだと思います。夢は、筋道のある物語として終わるよりも、感情だけを残して目覚めることがあります。「水色の街」も、解決より先に、感情の波だけを残します。
6 9.11後の世界と「今すぐ会いたい」という祈り
2001年9月11日に重ねた曲だとしたら、「会いたい」という言葉の重みは変わって聞こえます。
世界のどこかで、突然会えなくなる人がいる。昨日まであった日常が、一瞬で失われる。非常に強い衝撃で、誰もが他人事ではない。
その空気の中で聴く「水色の街」の「今すぐ会いたい」は、恋愛の言葉でありつつ、もっと広い言葉にも聞こえます。
失われた人に会いたい。
もう戻らない時間に会いたい。
壊れる前の世界に会いたい。
この曲の「君」は、ひとりの恋人であると同時に、失われたもの全体を受け止める器にもなっています。
だから「水色の街」は、時代の喪失感を代弁しているようにも見える。
7 まとめ──水色の街は、終わらない再会の夢
「水色の街」は、水の夢として読むことができます。
川を渡ることは、境界を越えることです。
君のいる街へ向かうことは、失われた存在にもう一度近づこうとすることです。
頸の匂いは、身体に残った記憶です。
明るい瞳は、夢の中でまだ生きている君の姿です。
そして「今すぐ会いたい」という感情が、曲の中で何度も波のように戻ってきます。
そこに9.11後の時代感覚を重ねると、この曲はさらに広がって見えます。個人的な喪失の歌でありながら、世界全体が抱えた喪失にも触れている。ひとりの君に会いたいという願いが、失われたものすべてに向けた祈りのように響いてくる。
「水色の街」は、終わらない夢の歌です。
夢の中で川を渡り、君のいる街へ向かう。
会えるかどうかは分からない。
それでも、今すぐ会いたいという気持ちだけが、何度も水面に浮かび上がってきます。

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