スピッツ『ラズベリー』歌詞解釈──テレビのワクから飛び出す、男性目線の妄想

ラズベリー──可愛いポップスの中にある男性目線の夢想

「ラズベリー」は、1994年9月21日発売の5thアルバム『空の飛び方』の収録曲です。同アルバムの7曲目に置かれ、「不死身のビーナス」と「ヘチマの花」の間に収められています。

スピッツの「ラズベリー」は、可愛いポップスの形をした、男性目線の夢想の歌のように見えます。

草野マサムネさんはこの曲について、可愛いポップなメロディーに「まぐわいの歌」を乗せた、という趣旨のことを語っていたようです。また、仮タイトルは「キョンキョン」だったという話もあります。

確かにこの曲には、女性アイドルが歌いそうな明るさや軽さがメロディーからは響いてきます。

 ねじれた味のラズベリー

ただ、歌詞を見ると、その可愛い曲調の中に、男性側のまなざしが入り込んでいます。
明るく、甘く、ポップなのに、歌詞を追うと身体的なイメージが重なっている。
そのずれが「ラズベリー」の「ねじれた」感じに見える。

アイドルと魔法少女のイメージ

「ラズベリー」の女の子は、実在の恋人というより、どこか画面の中にいる女の子のようにも見えます。

アイドルとして見られている女の子。
漫画やアニメの中で光っている女の子。
当時流行していたセーラームーン的な、魔法少女のイメージ。

「ワクの外へ」という言葉も、社会の枠であると同時に、テレビ画面の枠のようにも見えてきます

画面の中にいる可愛い女の子が、こちら側へ飛び出してきそうに見える。
主人公は、その「ワク」を越えて、彼女に近づこうとしている。

そう読むと、この曲の「君」は、恋人であると同時に、アイドルや魔法少女やキャラクターのような存在にも見えます。

ラズベリーという言葉

もっと切り刻んで

タイトルの「ラズベリー」は、曲全体にまたがる言葉だと思います。

赤くて、甘酸っぱくて、可愛らしい果実。
同時に、やわらかく、身体的なイメージも呼び起こしている。

「切り刻む」という言葉も、官能的な情景として読める一方で、果実をまな板の上で刻んでいるようにも見えます。ラズベリーは、きれいに切れるものではない。崩れ、粒がばらけ、ぐちゃぐちゃになる果実です。

そこに、可愛さと身体性が重なります。

この曲では、可愛いものがそのまま官能的なイメージへ変わっていく。

まだ届いていない歌

ちゃんと見るまでは僕は死ねない 

「ラズベリー」は、すでに何かが成就した歌というより、まだ届いていない歌に見えます。

主人公は、これから見たい、触れたい、近づきたい、と呼びかけている。
現実の出来事というより、頭の中で膨らんでいる夢想に近い。

画面の中の女の子を見ているだけかもしれない。
アイドルやキャラクターを見ながら、勝手に物語を作っているだけかもしれない。

だからこの曲は、どこか現実感が薄い。
『空の飛び方』というアルバムの中で考えると、現実から少し浮き上がり、イメージの中へ飛んでいく歌のひとつにも見えます。

アイドルが歌いそうなポップさ。
セーラームーン的な魔法少女の空気。
そこに男性の目線が入り込む。

「ラズベリー」は、その三つが甘酸っぱい果実のように混ざった、夢想のような曲なのだと思います。

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