はじめに
1994年9月21日発売の5枚目のアルバム『空の飛び方』に収められた「迷子の兵隊」は、自分たちの〈迷い〉をむき出しで語った曲だと思います。
この曲に出てくる兵隊は、勝利へ一直線に進む英雄ではありません。どこへ向かえばいいのか分からない。けれど、白旗は振らない。
自分たちの音楽がどこまで届くのか分からない。それでも、理解されないからといって簡単には降伏しない。「迷子の兵隊」には、そんな初期スピッツの姿が重なって見えます。
1 黒い旗──降伏しない意志
黒い旗振る いばらの中で
白旗が降伏のしるしなら、黒い旗は「まだ退かない」という意志の象徴と読み取れます。
しかも、その旗は「いばらのなか」で振られています。傷つきながら、迷いながら、それでも掲げられている。
「迷子の兵隊」は、行く先の不安を抱えたまま、それでも負けを認めない歌です。
だからこそ、この黒い旗には切実さがあります。
2 砂金を蹴散らす──ヒットに媚びない美学
砂金のうずを 蹴散らしながら
砂金は、商業的成功や、「安っぽいキラキラしたもの」のメタファーとして読めます。
今は金の価格は相当値上がりしているので、砂金でも相当ですが、1994年当時は金の価格は今ほどではなかった。当時の感覚で言えば、価値の少ないものとして受け取れるイメージに見えます。キラキラしているけれど、小さく、たいしたものではない。それを「蹴散らしながら」進む姿には、売れたい気持ちと、売れるためだけには曲げられない感覚が同時に出ているのではないか。
スピッツは、路線変更をしてポップ路線に進みながらも、自分たちの核を渡さなかった。
この「砂金を蹴散らす」感じに、ヒット前のスピッツの美学が表れていのだと思います。
3 鳥と細胞──理解者を探し、歌の核へ逃げ込む
しがみつく鳥を探している 終わりなき旅
この「鳥」は、救いであり、共鳴者であり、自分たちの音楽に飛翔させる何かのように見えます。
その意味で、鳥は、のちに「ロビンソン」で一気に姿を現す影かもしれない。
逃げ込むのはいつも細胞の中
外の評価や時代の空気から離れて、もっと小さく、もっと内側にある場所へ潜っていく。
その場所が「細胞の中」と表現されている。おそらく自己の内部の最小単位を表現している。
細胞とは、音楽創作のいちばん小さな核かもしれない。
自分の中の、メロディと言葉の源のような場所。
評価されなくても、そこに戻ればまだ生き延びられる。
このフレーズには、創作の中へ避難することで自分たちを保つ、スピッツの生存本能のように見えます。
4 痩せた火の玉──消えない魂
内気な笑顔もはがれていく 痩せた火の玉
この一節は、ちょっと気になります。
火の玉なので燃えてはいます。けれど、「痩せた」火の玉です。
つまり、情熱は万全ではない。疲れているし、削られているし、限界も近い。
それでも、消えてはいない。
この小さく残った火こそが、スピッツの芯なのだと思います。
黒い旗を振る。
砂金を蹴散らす。
しがみつく鳥を探す。
細胞の中へ逃げ込む。
何とか燃えてはいる痩せた火の玉。
この流れは、成功までの一時的な苦闘というより、スピッツというバンドがずっと抱え続ける姿勢そのものに見えます。時代と共に変わりながら、変わらないものを護り続けている。
そう考えると、「迷子の兵隊」の旅は、売れる前だけのものではありません。
売れた後も続いていく、「小さな灯」を護り続ける、スピッツの根っこの歌なのだと思います。
まとめ
「迷子の兵隊」は、自分たちの信じた道を歩こうとする者のドキュメントです。
この曲でスピッツは、迷っていないふりをしていません。
むしろ、迷っていることを正直に出しています。
けれど、その迷いの中で、白旗だけは振らない。
「迷子の兵隊」は、迷いながらも芯を護り続けるスピッツの、確かなセルフ・ポートレートなのだと思います。

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