はじめに
2019年6月19日に発売されたスピッツ42枚目のシングル「優しいあの子」は、NHK連続テレビ小説『なつぞら』の主題歌として放送期間中流れ、オリコン週間シングル2位・デジタル部門1位を記録しました。ドラマの舞台が戦後北海道であることから、草野マサムネさんは北海道に実際に向かい、取材をした上で作詞したそうですが、歌詞の深層には 戦災孤児のなつと早逝した父が交わす“魂の双方向メッセージ” が潜んでいるように思われます。
父が娘を見守るモノローグ
重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて
めげずに歩いたその先に 知らなかった世界
この導入は、幼いなつが闇市や孤児院を経て北海道へ向かう試練と重なって見えます。一方で、後段に現れる〈優しいあの子にも教えたい〉というフレーズに触れると、「優しいあの子」は“なつ”ではないか──そう考えると視点が反転し、歌全体が不思議な色合いを帯びてきます。
長い暗いトンネルを抜けた先に光が広がるイメージは、臨死体験のパターンと酷似しており、この場面を“死後の世界”と読み替えると、語り手はあの世から娘を見守る父へと一気に転じます。ドラマでも、天国から見守る父がナレーションをしている設定であり、「優しいあの子にも教えたい」と語るのは、天国の父と考えてもおかしくはありません。
親子が返す“遅れて届くありがとう”
怖がりで言いそびれた ありがとうの一言と
日なたでまた会えるなら
なつの視点で見ると、幼い別れゆえ伝えられなかった感謝を、大人になったなつが“再会”を願い、感謝を父に返す歌となります。しかし父の視点で読むと、「ひなたでまた会えるなら」と、娘との再会を願う歌となり、両方の目線が静かに響き合います。
ふたりを包む「丸い大空」
切り取られることのない 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい
いろいろ踏まえると、“丸い大空”は地平線の見える北海道のスケール感であると同時に、生と死を越えて、全ての境界がない世界、円環空間の象徴であり、天国に広がる青空とも読めます。“優しいあの子”は父から見た娘であり、娘が抱く優しさであり、聴き手が重ねる誰かにも自在に入れ替わります。この多義性こそマサムネさんらしい歌詞のように感じます。
応援歌であり鎮魂歌でもある二重の響き
明るい開拓賛歌の装いの下に死別級の別れと赦しが潜み、メッセージは父→娘→聴き手へと静かに循環します。主語をあえて曖昧に置くマサムネさんの手法により、聴く人への「応援の歌」となり、つらい別れを経験した人への「鎮魂の歌」ともなるような、多重の視点が”丸い大空”の下で調和しています。
まとめ
――俺は、俺の気持ちだけでなく、世の中にある何かザワザワした不安を和らげるような、少しでも鎮めることができるような曲を作っていきたい。――
スピッツ「旅の途中」より
軽やかなサウンドで“親子の別れ”を包み込みつつ、歌詞には感謝と赦しが刻まれています。「優しいあの子」は、スピッツが9.11以降考え続けてきた 〈人の心に寄り添い鎮める曲〉 の一例と言えるでしょう。聴き終えたあとに残るやわらかな余韻と、言葉にし切れない不思議の世界からの響き――その共存こそが、スピッツの真骨頂であり、この曲の核心と言えるのではないかと考えます。
補足 ── さだまさし「北の国から」への小さなオマージュ
寂しい夜温める 古い許しの歌を
「古い許しの歌」はサビ後の“ルルル…”というハミングと重なり、曲全体の余韻をさらに広げています。父の視点で聞けば死後の世界から響き渡る子守唄のようにも感じられます。また、人によっては、さだまさしさんが手がけたドラマ『北の国から』テーマを思い出すのではないかと。
ハミングのみの響きは、北海道の大自然の広がりを自ずと連想させます。
舞台が同じ北海道であること、歌詞の無いハミングのみの世界、そして牧歌的な余韻。裏づけはまったくありませんが、北海道ドラマ主題歌の系譜に静かに連なるオマージュとして耳を傾けることも、もしかしたら可能かもしれません。

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