はじめに
1997年1月29日、スピッツは15枚目のシングル「スカーレット」をリリースしました。翌1998年発売のアルバム『フェイクファー』には、11曲目にAlbum Mixとして収録されています。
前年の「チェリー」の大ヒット以降、スピッツには“真面目なポップス・バンド”のようなイメージが強くまとわりついていきます。けれど草野正宗さんの歌詞世界は、もともともっと妄想的で、夢の中を歩くような、不思議な感触を持っていました。
「スカーレット」は、その外側からの声に飲み込まれそうになりながら、自分の中にある小さな創作の火種を守ろうとする歌にも見えます。
乱れ飛ぶ声──売れたあとの外界のノイズ
乱れ飛ぶ声に かき消されて
通常の恋愛に「乱れ飛ぶ声」はあまり想像できません。
この言葉は、売れたあとのスピッツに向けられた評価や期待の声として読むと自然に意味が繋がります。
「ロビンソン」や「チェリー」の大ヒットによって、世間はスピッツに良質なポップス・バンドの姿を重ねていく。けれど、その声は草野さんの内側にある感覚とは、どこかずれている。
「なんだかよくわかんないバンドでずっといたいんですよ。なんだかよくわかんないバンドと言われるバンドでいたいから、『あ、さわやかなアコースティックのバンドかな』って――まあ思われる分にはいいんですけど、それを自覚しちゃうようになるともう最低なんで(笑)」
出典:『スピッツ』(「ロッキング・オン・ジャパン」1998年3月号)
外からの声が飛び交うほど、自分の中の本当の声はかき消されそうになる。
「スカーレット」は、そのノイズの中で、自分の奥にある小さな灯を見失わないようにする歌として捉えることができます。
コーヒーの渦──目を覚まさせる現実
コーヒーの渦に溶けそうでも
コーヒーは、目を覚ます飲み物です。
この歌の中では、夢から現実へ引き戻す力の象徴として見えます。
夢の世界の中にいたい。
けれど現実は、目を覚ませと迫ってくる。
その境目で、歌の中には「陽炎(かげろう)」が立ち上がります。陽炎は、現実と夢の輪郭が揺らぐ場所です。そこに“君”が現れる。
この“君”は、恋人の姿を借りながら、夢の世界の側から手を差し伸べる存在にも見えます。現実へ戻されそうになる僕を、もう一度夢の方へ連れていく導き手です。
「ルナルナ」の歌詞に、「羊の夜をビールで洗う」という一節があります。眠れない夜に無理やりビールで酩酊して、眠りや妄想の世界に参入していくイメージと思われますが、言葉の小道具の使い方として、似たテクニックではないかと思われます。
赤い灯──創作の火種
赤い灯を守り続けていくよ
この歌で守られているのは、君そのものというより、君との間にある小さな赤い灯です。
「コーヒーの渦=現実の力」に抵抗する流れから考えると、赤い灯は、創作の火種であり、「現実」と反対側にあるもの。つまり夢やタマシイの世界の中の灯り。
大きなスポットライトではありません。世間の明るい光でもなく、小さく、かろうじて燃えている灯です。
「うーん……初心に還るっていうことをちょっと考えてるんですけど。その初心っていうのはバンドを作った時よりもっと前の『音楽っていいよなあ』って思った頃というか」 出典:『スピッツ』(「ロッキング・オン・ジャパン」1997年11月号)
それでも、その灯があるから、夢の世界へ戻っていける。マサムネさんが小さい時から持っている、夢の世界とつながっている灯りなのではないかと思います。
「スカーレット」の赤は、恋の色であると同時に、夢を守るための色のようにも見えます。
一人と灯の歌
「スカーレット」は、ラブソングの形をしています。
けれど、読み進めると、二人の関係だけを歌っている感じではありません。
“君”は確かにいる。
けれどサビで強く抱きしめられているのは、君そのものよりも、小さな赤い灯です。
そこで想像されるのは、恋人との物語を借りた「自分語り」です。
現実の声にさらされながら、それでも自分の夢の火を消さない。売れたあとに世間が求めるスピッツ像ではなく、自分の中にある空想的な世界へ帰っていく。
前作のアルバム『インディゴ地平線』には、夢から目が覚めそうな感触の歌がいくつもありました。
「スカーレット」では、そこからもう一度、夢の中へ潜り直すような感覚があります。
まとめ──夢へ帰るための歌
「スカーレット」は、外界の声に飲み込まれそうになりながら、自分の中の小さな赤い灯を守る歌です。
乱れ飛ぶ声は、売れたあとの世間の声。
コーヒーの渦は、目を覚まさせようとする現実。
陽炎の向こうにいる君は、夢の側から手を差し伸べる導き手。
そして赤い灯は、マサムネさんの中にある創作の火種です。
世間の大きな光ではなく、小さな赤い灯を守る。
その灯を抱えたまま、もう一度、夢の世界へ帰っていく。
「スカーレット」は、そういう静かな決意の歌に見えます。

コメント