はじめに
スピッツの「恋のうた」は、2ndアルバム『名前をつけてやる』(1991年11月25日発売)の10曲目に収録された曲です。
この曲について、草野マサムネさんは『旅の途中』で、次のように語っています。
──日本語の歌詞にこだわろう。メロディーもヘンに洋楽志向ではないものを作ろう。
そう考えて、最初に作ったのが「恋のうた」だ。「恋のうた」はそれ以降のスピッツの曲の原型の一つになっていると思う。スピッツ『旅の途中』(幻冬舎)
ここで言われている「原型」という言葉は、色々な意味があるかもしれませんが、このブログでは歌詞の面で切り取って見てみようと思います。
「恋のうた」の歌詞を読むと、恋する気持ちが強すぎて、体の中におさまらない“僕”のイメージが出ています。気持ちがタマシイのように浮かび上がり、相手のそばまで飛んでいく。以降のスピッツの曲でも繰り返し出てくる、空想や夢の世界の構造が分かりやすく出ています。
体を抜け出して、君の頭の上にいる
だけどここに浮かんでいる
君の頭の上にいる
ここは、かなりはっきり幽体離脱的です。
「僕」は現実の場所に立っているというより、もう体から完全に離れているように見えます。夢の中にいるのか、タマシイだけになって君の近くまで飛んでいるのか。その境目を超えてしまっている。
スピッツには、こういう「肉体から外に出ている」ような歌がたびたびあります。現実の行動として会いに行くのではなく、気持ちが先に飛んでいく。体はここにあるのに、意識だけが君のそばへ行ってしまう。
「恋のうた」では、それがとてもシンプルな形で出ています。
恋をしている少年の気持ちが、体の輪郭を越えてしまう。会いたい、そばにいたい、見ていたいという気持ちが、タマシイのように浮かびあがっている。
今の君が恋しい──待てない気持ち
きのうよりもあしたよりも
今の君が恋しいから
ここで歌われているのは、過去の思い出でも、未来の約束でもありません。
「今の君」です。
きのう会った君でもなく、あした会えるかもしれない君でもない。今この瞬間の君が恋しい。だから、待てない。時間の流れのまま生きることができない。
けれど、片思いの相手には簡単に会いに行くこともできません。声をかける勇気もなく、今どこにいるのかも分からない。その待てない気持ちだけが、タマシイになって君のところまで飛んでいく。
さらに言えば、この歌が発表されていた1991年の当時は、携帯電話やメールみたいな便利なものはまだ普及しておらず、会いたい気持ちの感覚はもっと切実だったかもしれない、と思います。この曲の「僕」は、現実的な手順を飛び越えなくてはいけない。気持ちのほうが先に、「君」の頭の上まで行ってしまう。
恋する少年の表現として、素直な感覚なのだろうと思います。好きになった気持ちがそのまま外へ出てしまう。
ミルク色の細い道──天の川か、幼児の心か
ミルク色の細い道
この「ミルク」と「道」をそのまま英語にしてみます。ミルク色の道=ミルキーウェイ。つまり天の川です。タマシイになって空を飛んでいるとしたら天の川を歩いている気持ちになっていてもおかしくはない。
フロイト的イメージで語られることも多く、そのように変換することも可能とは思いますが、現実に引き戻されますので少し違和感を感じる。なので、ここは幽体離脱的に捉えてみたい。
「君の頭の上にいる」という浮遊感と合わせると、空を越えて、宇宙を越えて、君に会いに行くようなイメージが出てきます。恋の気持ちが地上の距離を越えて、星のほうまで伸びていく。スピッツ的な飛翔感です。
あと、もう一つの読み方もできると思います。
ミルク色=純粋な幼児の心。もう、赤ちゃんくらいの感じです。
草野さんは、『ロッキング・オン・ジャパン』で、こう語っています。
ブルーハーツなんかは、シニカルな部分とかも含めて、青臭い少年って感じなんだけど、僕の場合はもっと遡って幼児とかになっちゃうよね。ちょっとボケた爺さんみたいなトコもありますよね。 出典:『スピッツ』(「ロッキング・オン・ジャパン」1993年3月号)
この言葉を結びつけると、あえて星空と呼ばずに「ミルク色」と言っているのは、幼児の心にまで戻っていく色という風にも見えてきます。
恋をしている「僕」は、青臭い少年以上に、もっと前の段階に戻っている。考えもなく、理屈もなく、ただ君が恋しい。赤子のように。ミルクを飲む幼児のような、原初的な欲求に近いところまで戻っている。
その幼い心のまま、細い道を進んでいく。
大人の言葉で整理できない気持ちが、ミルク色の道になって、夢の空へ伸びているようです。
「恋のうた」は、幽体離脱的ラブソング
「恋のうた」は、タイトルだけ見ると、とてもまっすぐなラブソングです。けど、多分ひねりが加えられている。内容はねじれている。
中身をよく見ると、恋心は現実の中におさまっていません。僕は浮かんでいる。君の頭の上にいる。ミルク色の細い道を進んでいる。
ここには、スピッツの夢の廻廊があります。
恋をしたから、タマシイが体を抜け出して会いに行く。
この飛び方が、初期スピッツの原型なのではないかと思います。
恋する気持ちは、現実の身体から抜け出そうとするわけです。
その浮かびあがったタマシイが、君の頭の上にいる。
「恋のうた」は、その一瞬を描いた曲なのだと思います。

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