はじめに
スピッツの「みなと」は、2016年4月27日に発売された41枚目のシングルです。NTT東日本企業CMソングとして使用され、同年7月27日発売のアルバム『醒めない』にも収録されました。
「みなと」は、港という場所を舞台に、「旅立った君」と「港に残された自分」の関係を描いた歌です。
ここでの港は、現実の港でありながら、あちら側の世界と接する境界でもあります。君は遠くへ旅立ってしまった。僕はその境界に立っている。そして、そこで歌う。
その歌は、君ともう一度会うための歌です。
港という境界で、遠くにいる君へ届けようという歌。
時期を考えると、「みなと」は、3.11からの年月が経過したあとに響く鎮魂の歌として見ると自然です。直後ではなく、時間が過ぎたあとにも残り続ける喪失。その静かな痛みが、港という境界に置かれているように感じます。
港――現実とあちら側の世界の境界
船に乗るわけじゃなく だけど僕は港にいる
港は、船が出ていく場所です。帰りを待つ場所でもあります。
「みなと」の主人公は、船に乗って君を追いかけません。港にいます。君は遠くへ旅立ち、僕はその場所に残っている。
この港は、地図の上にある港であると同時に、現実とあちら側の世界が接する場所のように見えます。
生きている者と、もう姿の見えない者。記憶や夢の住人。あるいは、死後の世界。
その境目に、みなとがある。
だから主人公は、港に繰り返し行く。そこは、君が旅立った場所であり、君ともう一度会うための場所だから。
消えそうな綿雲――記憶や人生
消えそうな綿雲の意味を 考える
綿雲は、はっきりした形を持ちません。空に浮かび、少しずつほどけ、やがて見えなくなっていきます。
この雲は、君の記憶そのもののように見えます。また、一つ一つの人生のようでもある。形を作っても、また消えて別の形に変わる。時間の中で変化していく。
遠くに旅立った君の 証拠も徐々にぼやけ始めて
君がいたこと。
君と過ごした時間。
確かに残っていたはずの証拠。また、君が旅立った時の日のこと。
それらが、少しずつぼやけていく。
記憶は輪郭を失っていく。だから、港に立って、再び歌う。
消えそうになる君を、こちら側から呼ぶ。
君ともう一度――会うために作った歌
君ともう一度 会うために作った歌さ
この一節で、「みなと」の歌の目的そのものを歌っている。
君ともう一度会うために作った歌。
ここでの「会う」は、ただ思い出すことではないと思います。記憶の中に君を呼び起こすことでもない。港という特別な境界で歌うことで、あちら側にいる君と本当に再会する。
現実の時間は戻りません。3.11からの年月が経過し、街は日常を取り戻していく。生活は続き、記憶の輪郭も少しずつぼやけていく。
それでも、君ともう一度会うための歌がある。
2011年以降、震災からの応援ソングはたくさん作られていたと思います。
そのほとんどが生きている人に向けられていた。「ひとりじゃない」と歌って。
けれど、「みなと」は孤独に寄り添うよう「ひとり歌う」。君ともう一度会うために。
この歌は、時間が経ったあとにも残り続ける鎮魂の歌のように感じます。喪失を過去のものにせず、あちら側へ旅立った君へ、今も声を届けようとしている。
港に立つ。歌が、こちら側とあちら側をつないでいく力になる。
そのとき、君と、本当にもう一度再会する。
ひとり港で――境界で行われる祈り
今日も歌う ひとり港で
主人公は、ひとりで港にいます。
この「ひとり」は、単なる孤独ではなく、現実とあちら側の境界に立つ、祈る者の姿に見えます。
震災以降の歌には、残された人同士のつながりや、共に歩いていく感覚を強く打ち出すものも多くありました。「みなと」は、その明るい連帯とは違う場所に立っています。
ここで向き合っているのは、喪失の痛みを持つ人と、あちら側へ旅立った君です。
ひとりで港に立ち、歌う。その声が、境界を越えていく。
これは、個人的な祈りの儀式のように見えます。
みんなで前を向くための歌ではなく、たった一人の君ともう一度会うための歌。
優しくなるユニバース――あちら側を包む大きな場所
いつしか優しくなるユニバース
後半に出てくる宇宙的な表現は、港の向こう側に広がる世界を思わせます。
ここでのユニバースは、遠い星空というだけではなく、あちら側へ旅立ったものたちを包む大きな場所のように感じます。
ぼやけ始めた証拠。
届けようと、それでも消えない祈りの歌。
それらが、やがて優しく包まれていく。
謎の光 思い出す
謎の光は、説明できる光ではないように思います。
あえて「謎」を置くことで、この世ではない世界に導くような光。
あちら側からのしるしで、境界に差し込む光。
そういうものとして現れているように見えます。
このあたりは、「ロビンソン」の宇宙的な感覚とも響き合います。二人だけの国のように、ひとり歌う僕と、君の二人だけの接続。
歌が、現実とあちら側をつなぐ。
歌が、君ともう一度会うための道になる。
まとめ――境界で歌い、君ともう一度会う
スピッツ「みなと」は、旅立った君と、港に残された自分の歌です。
港は、現実とあちら側の世界の境界です。君はあちら側へ旅立ち、僕はこちら側の港に立っている。
「消えそうな綿雲」や、証拠がぼやけ始める表現には、時間とともに君の輪郭が薄れていく感覚があります。3.11からの年月が経過したあとに聴くと、その薄れていく記憶に向けられた鎮魂としても響いてきます。
そして、この歌の中心には、君ともう一度会うために作った歌、という言葉があります。
思い出すだけではない。
慰めるだけでもない。
港という境界で歌い、あちら側にいる君ともう一度会う。
「みなと」は、そういう歌なのだと思います。
ひとり港に立ち、今日も歌う。
その声が境界を越える。そこで、君と再会する。

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