はじめに
未知のページ 塗りかえられるストーリー
スピッツがアルバム『ハチミツ』をリリースしたのは1995年9月20日です。先行シングル「ロビンソン」は同年4月5日に発売され、バンドにとって初の大ヒットとなりました。この『ロビンソン』の成功は、スピッツの運命を大きく変え、「未知のページ」を塗り替える出来事だったと言えます。
「歩き出せ、クローバー」は、その変化のただ中に置かれた曲です。
また、草野マサムネさんは、この曲について映画『フォレスト・ガンプ』から着想を得たと語っています。フォレストが理由を言葉にしきれないまま走り続けるように、この曲のクローバーもまた、「歩き出せ」「止まらない」と繰り返されます。
「うん。これは『フォレスト・ガンプ』を観ていろいろ浮かんじゃって。俺が一番印象に残ったのはベトナム戦争に行って弾丸が戦場を飛び交ってるシーンがあって、その弾丸の描き方が、もう光の弾がよけられない速さで飛んでくるような感じでね」
出典:『スピッツ』(「ロッキング・オン・ジャパン」1995年10月号)
ただ、この曲は映画の内容をそのまま歌ったものと考えるより、モチーフにしたと捉えるべきでしょう。どことなく、『ロビンソン』以後、急に大きな波の中へ押し出されたスピッツ自身の姿とも重なっても見えます。自分たちの意思だけではどうにもならない環境の変化。その中で、それでも歩き出していくしかない。そんな感覚が、この曲の底に流れているように感じます。
ハートになれないクローバー
歩き出せ クローバー
止まらないクローバー
この曲の「クローバー」は、野原に咲く四つ葉のクローバーというより、トランプのカードに描かれたクローバー(♣)として読むと、少し意味が浮かび上がってきます。トランプのクラブは、「クローバー」と呼ばれることもあります。そして歌詞の中には、あとで「君のカード」という言葉が出てきます。つまり、この曲のクローバーは、トランプのカードの中にあるマーク。
では、なぜハートではなく、クローバーなのだろう。おそらく、この曲のクローバーは、ハートになれないからクローバーなのではないか。
ハートなら、愛の記号としてわかりやすい。恋や幸福や両想いを、そのまま示すことができます。けれど、この曲で歩き出すのはハートではありません。若くて青いクローバーです。
ハートに似ているけれど、ハートになれない。青い幼稚さを残したままのクローバー。
恋にも愛になりきれない。けれど、止まることもできない。
カードに秘めた、過ぎた恋
過ぎた恋のイメージに近いマーク
指で描き
ここで出てくる「マーク」は、やはりトランプのハートを思わせます。ただ、それは現在進行形の幸福なハートではありません。「過ぎた恋のイメージに近いマーク」とあるように、すでに終わった恋のあとに残る、少し傷の入ったハートのように見えます。いわゆるブロークンハート。

一人きりで、過ぎた恋のマークを指で描く。
それは、はっきりと愛を告白する動作ではなく、消えたものの輪郭をなぞるような仕草です。
ここで、クローバーとハートの関係が見えてきます。
クローバーは、ハートにはなれない。あるいは、なれなかった。
だからこそ、ハートそのものではなく、ハートに近いマークを指で描く。
この曲は、愛の形になりきれないイメージに見えます。
君のカード 胸にあてる
「君のカード」を胸にあてるという描写は、まさにトランプを呼び起こします。カードは相手から差し出されたもののようでもあり、相手そのものの象徴のようでもあります。それを胸にあてることで、主人公は失われた恋や、届かなかった感情を、自分の内側に抱え込んでいる。
ここでも、直接的な恋愛の成就ではなく、カードに秘められた感情だけが残ります。ハートになれなかったクローバーが、胸の中に何かを抱えたまま歩き出していく。そんな姿が浮かびます。
見えない波に運ばれるスピッツ
だんだん解ってきたのさ
見えない場所でつくられた波に
この「見えない場所でつくられた波」は、映画『フォレスト・ガンプ』の物語にも重ねることができます。フォレストは、自分の意図を超えたところで時代の波に巻き込まれていく人物です。
同時に、この言葉は『ロビンソン』のヒットを経験したスピッツ自身にも重なります。
ヒットは、自分たちだけで完全にコントロールできるものではありません。どこか見えない場所で波が生まれ、その波に押し出されるように、バンドの立ち位置が変わっていく。
「だんだん解ってきたのさ」という言葉には、その変化を少しずつ受け入れていく感覚があります。突然の成功に戸惑いながらも、世の中に起きた波を見つめ、自分たちはその中でどう歩くのかを考えているように見えます。
削り取られていく命が
混沌の色に憧れ完全に違う形で
ここには、変わっていくことへの不安と、変わることへの憧れが同時にあります。
アングラで、シュールなスピッツ。
そこから、より広い場所へ届くポップスへと変化していくスピッツ。
その変化は、混沌の色の憧れを残したままでも、「完全に違う形」へ向かっていったのかもしれない。
消えかけた獣の道を歩いていく
それでも、歩くのは舗装された道ではなく、「消えかけた獣の道」です。
売れた後でも、歩くのは自分たちの中にあるロック的な感覚や、奇妙な詩情を完全には捨てない。その道を歩いていく。
ここに、『ロビンソン』後のスピッツの姿勢が重なります。
この曲の「君」は、恋の相手として読むことができます。恋愛の歌として読むと、届かなかった愛の歌になります。
けれど、バンド自身の歌として読むと、ヒット後の変化の中で歩き出す歌になります。
まとめ
上記までのように、「歩き出せ、クローバー」は、映画『フォレスト・ガンプ』のイメージを入口にしながら、『ロビンソン』のヒット後に大きく環境が変わっていくスピッツ自身の姿を重ねた曲のようにも見えます。
この曲のクローバーは、単なる幸運の四つ葉ではありません。歌詞に「君のカード」が出てくることを考えると、トランプのクラブ、つまりクローバー型のマークとして読むことができます。
そして、そのクローバーは、ハートになれない存在です。
ハートなら、愛はもっとわかりやすい形になります。けれど、この曲で歩き出すのは、若くて青いクローバーです。愛になりきれないもの。恋と呼ぶには少しずれているもの。過ぎた恋のマークを指で描きながら、それでも止まらずに歩き出してしまうもの。
その姿は、恋の中にいる一人の人物にも見えます。
また、急な成功の波に押し出されながら、それでも自分たちの獣道を歩こうとするスピッツ自身にも見えます。
「歩き出せ、クローバー」は、そんな変化の中で進み続ける意志を、トランプのマークの裏側にそっと隠した曲なのだと思います。

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